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畑仕事、キャンピングカーの旅、サウナ、読書…晴耕雨読の日々を綴る【いくら君のこころととのう日記】

吉田太郎『シン・オーガニック』読了

畑について 2024年12月7日

吉田太郎『シン・オーガニック』読了

 驚愕の名著である。

 私は、4畝ほどの家庭菜園をやっており、オーガニックに興味を持っている。しかし、つい敢行農法に日和ってしまう。どうすれば、農薬・化学肥料から脱却できるか? まずは土づくりだというあたりはなんとなくわかる。しかし、それは一体何を意味し、また、どうすればいのか、あまりよくわかっていない。何かの参考になればと本書に手を出した。十月の半ばである。それから約一月半、私にとっての主流の読書ではないため、常に二番手として頁は繰られることとなり、多くの時間がかかってしまった。しかし、理由はそれだけではない。あまりに優れた内容であるため、流して読むのは勿体無い、あるいは、それは罪である、という意識も働いていたように思う。

 本書は土と微生物の関係、あるいは微生物と根の関係を様々な実践や論文を通して、解説する啓蒙書である。が、筆者の射程は広い。ただ個人の農家が美味しい野菜を採取し楽しむ、だけでなく、地球規模、全人類規模、そして人間の在り方、といったあたりまで広く大きく包括的である。

 最初、地球の起源から解き起こし、炭素や窒素の成り立ちから始まったのには心底驚いた。随分、大変な書物を手にしてしまった、と思った。当然流れとして、微生物の発生→生物の発生→植物の発生と話は進む。まあ、準備編である。そして、世界中の研究論文や篤農家による実践を踏まえ、化学肥料と化学農薬の問題点を解き明かし、土中微生物の意義あるいは土中微生物と根の関係をゆっくり丁寧に学術的に説明してくれ、我々のもうを開いてくれるのである。

しかし、それだけではない。本書の思想は以下にある。

「知がプライベート化されるのが敢行農業、ちが個人に独り占めされず社会によって分かち合われて文化によって統合されるのが有機農業(頁35)」だと述べる。個人が自己の利益のため、知を独占するのではなく、知を解放し仲間として皆がよりよくなるように、進めていくべきだ、ということの意であろう。これは有機農法に限定される話ではない。今後の人類にぽける諸問題全般についてもいえるとである。まさにマルクスの思想に通じるものだ。資本主義的な発想から、次の階段へと歩むためのヒントになる。

 「国が有機農法を確立し、「我々の指導通りつくればできる」という枠組みで作られる農産物は有機だっても、なんか味気ない。農家も現場をみながらどうやって作物を作るかを考える「百姓」ではなく、単なる作業員ということになるからだ。(頁349)」

 中央集権的な押し付けではなく、個人が経験則で得た知を皆で共有しつつ、ボトムアップ的力の流れを目指す社会が、これからのあるべき姿である。人間がやりがいと喜びを持って働くことができるような仕事のあり方でなければならない。

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