『街とその不確かな壁』(村上春樹)読了
2週間以上この長大な(1200枚)作品と時間を過ごした。
以前書いたように、ここ30年私は村上春樹の良い読者ではなかった。私が高校生の頃彼は作家としてデビューした。全く新しい人が出てきたと感じた。その後、諸作品を読みすすめていくにつれ、私の中の「村上春樹」はほぼ神の如く絶対的なものとして築かれていった。しかし、ある作品(『ダンスダンスダンス』)以降、すべての作品で違和感や不満感、物足りなさを感じてきた。
もちろん、読みやすい文体でストーリーも意味ありげかつ斬新。面白くて、一気に読んでしまうのだが、でも、毎回毎回裏切られた感が残った。しまいには「1q84」においては、途中で放り、「騎士団長殺し」に至っては、出版された彼の小説で初めて購入すらしなかった。
当然、自分の中での村上への想いは下がる一方。興味すらなくなっていた。
ところが、今回の作品は「街と、その不確かな壁」から40年後の『街とその不確かな壁』なのだ。4冊同時に読み進めていたが、結局この作品にここ10日は集中していた。とても幸福な時間だった。
もちろんこの作品を完全に理解したわけではない。(そんな人は作者含め一人もいないだろうけれど)。でも、今回の本作が村上の最高傑作なのではないか。今は、そう思っている。
リアリズムからかけ離れた内容である。普通こんな内容を書いたら、話がふわふわと浮き上がり煙のように消えてしまうだろう。読者はその内容に理解も共感も示さず放り出してしまうだろう。話は完結もせず、読者も納得させられないのがオチ。
ところが、さすが村上春樹。丁寧な文体で無理をせず、なげやりになることも無く根気よくーー細い糸でマッチョマンのセーターを編むみたいにしてーー文章を紡ぎ出してゆく。柔らかいが強い。軽いが重厚。そして我々読者を世界に引き込むと、一気に最後まで連れさってしまう。
昔(バブル、あるいはその後)の、モノカルチャーで空気を生み出していた頃とは違う手法で丁寧に世界を生み出している。
とても幸福で、心地よかった。