読書について 2023年9月1日
夏目漱石『こころ』読了
いったい何回目だろう? 高校2年の時授業で取り上げられた直後に新潮文庫で読んでから、大学の時に2回くらい、教員になってから何回読んだだろう? もう忘れてしまった。何回読んでも、毎回発見がある。それは、人生の時を重ねるにつれ、今まで理解できなかった、人間であるとか、人の心理であるとかがわかるようになるからだろう。(たとえば高校生に孫の可愛さを熱弁しても意味はないように)。
今回は、「対比」ということを意識させられた回であった。都会/田舎、男/女、その頃(明治20年ごろ)/現在(明治45年ごろ)、昔の東京/今の東京、等々、あげればキリがない。輻輳的かつ構造的な作品だとも強く感じた。なんでこんな複雑なことがきちんとした自分の言葉で書けるのだろう。すごい、の一言。神の手にかかったものとしか思えないくらい、漱石の筆は冴え、心理分析というか心理描写が的確である。昔は分からなかったことが、今回は「ああわかるわかる」と思いながら読み進めた。なぜ、こんなものが書けるのだろう? なぜ、こんなものを書けたのだろう? まさに人間の謎である。
自分に厳しい漱石ではあるが、どこかで温かみのある優しさが漂っている。
やはり、名作とは、時間の流れにその存在意義が耐えられるものを言うのであろう。スマホができようがAIができようが、人間の本質はきっとあまり変わらないものだ。そしてそれを書き残すことは至難の業でもあるが。
明日、もう30年以上続けられている「芥研」がオンラインで開催される。今回のお題は、長谷川さんの「先生とシイタケ」と名付けられた文章だ。よって、そのために今回『こころ』を再読した。