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畑仕事、キャンピングカーの旅、サウナ、読書…晴耕雨読の日々を綴る【いくら君のこころととのう日記】

カミュ『ペスト』読了

読書について 2024年1月10日

カミュ『ペスト』読了

 昨今のコロナ騒動で、この『ペスト』が再発見され、改めて多くの読者の手に取られたという話は耳に新しい。ようやく昨年の5月に、われらの時代の「ペスト」である「新型コロナウイルス感染症」も5類に移行し、平穏に戻りつつある世界であるが、今、この作品を読み直す意味は大いにある。

前回の『異邦人』に続くカミュの小説作品第二作目となる本作は1947年、作者34歳の時に発表され、瞬く間に世界中に受け入れられ、カミュの名声を一気に決定付けた作品である。ちなみに、カミュが小説として発表したものは4作しか存在せず、作家としては寡作であるように思えるが、戯曲あるいは評論など世に問うた作品は多数ある。1957年44歳という異例の若さでノーベル文学賞を受賞するものの、残念なことに47歳の若さで急逝している。別荘からパリに帰る途中の交通事故とのことである。まったくの不慮の事故である。理不尽に命を落としたのである。カミュらしいというのは不謹慎であろうか。

 さて、本作『ペスト』であるが、タイトル通り、アルジェリアのオランにおけるペストの流行という架空の事件を取り扱っている。最後に明かされるものの、主人公たる医師リウーの語りと盟友タルーの手記をところどころ引用するという形式になっている。語りは徹底的に客観描写にこだわり、冷静な記述が続くとともに、新聞記者「ランベール」、老吏「グラン」、予審判事「オラン」、犯罪者「コタール」、「喘息持ちの爺さん」などの個別の物語が挿入され、それらが絡み合うように物語は進む。

 194*年4月16日鼠の変死体が見つかり、あっという間に、「ペスト」が広がり、理不尽にも人々はバタバタと死んでいく。全く手の内ようがない広がりで、街は封鎖され人々の恐怖と投げやりさは深刻になる。医師リウーは寝る間も惜しみ奮闘を続ける。盟友タルーは民間奉仕部隊を結成し、二人は物語の両輪としてペスト対策に奮闘する。読者の一人として正直に話すが、最初本作には小説らしき仕掛けが上手く見えず「いくら君」は読み進めるのにたいそう難渋した。しかしあるポイントに到達すると一気に景色が開け、物語のうねりに絡めとらて最後まで一気に読み進めることとなった。そのポイントとは、本作副主人公の位置を占めるタルーの告白である。タルーはなぜこんなにペスト対策に一生懸命になれるか?それを友人リウーに告白する場面がある。タルーは良家の姉弟で何不自由なく生活していたが、17歳のとき検事である父の論告を見に行った。そこでは普段の優しい父とは違う法服を来た険しい表情の父が、赤毛の男に死刑判決を言い渡すのである。父は人の命を奪う立場にあるのだ。タルーは父よりも、怯えた目をした不幸な赤毛の男の方に共感を持つ。決して人が人の命を、たとえ間接的にでも、奪うことは絶対に許されないことである、という強い哲学を身につける。そして彼は政治運動に参加するようになった。「ペスト患者になりたくなかったーーそれだけのことなんだ。僕は、自分の生きている社会は死刑宣告という基盤の上に成り立っていると信じ、これと戦うことによって殺人と戦うことができると信じた。(中略)人を死なせたり、死なせることを正当化したりする、いっさいのものを拒否しようと決心したのだ。」と医師リウーに語るのであった。ペスト患者とは、死を約束された、不条理を押し付けられた存在であり、かつまた、不条理を押し付ける存在の比喩であろう。

 荒れ狂う「ペスト」であるが、12月中旬に減少の傾向が見られ、翌1月25日に「県庁は病疫が防止されたものとみなされううこと」を宣言し、一気に収束に向かう。しかし、タルーはペストに感染し死ぬ。また、その直後、病気療養で「オラン」を離れていた、「妻の死の知らせる電報」をリウーは受け取る。しかし、町の門は開かれ人々は幸福を享受し熱狂する。

 難解な作品であるが、最後一気に感動に導かれる作りになっている。前半は抑えに抑え、最後一気に物語は花開く。誠におかしな例えではあるが、「いくら君」は、太宰治『津軽』を連想した。最初、辛く暗い描写が延々続き、最後、「たけ」と出会うシーンで一気に今までの苦労が報われる、といった構成に関してである。

 また、カミュの思想的立場がとてもよく理解できる。この生真面目で端正な表現者は、コミュニズムにもキリスト教にも頼らない、より人間的な第三の道を追求したからこそ、戦後の世界に認められたのであろう。

 

大変な名作であった。ぜひ、一読をお勧めしたい。

 

 

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