柄谷行人「世界史の構造」読了
次回の芥研の課題図書は、柄谷行人の最新作『力と交換様式』である。本作は昨年の8月15日に出版された。後書に以下の文章が付されている。
「『世界史の構造』を2010年に刊行した後、私はそこでは触れなかった諸問題を扱う仕事をした。‥‥しかし、その後、私はそれらの仕事では十分に論じられなかった交換様式Dの問題を、改めるように考えるようになった。」
よって、本作の13年前に書かれた前作『世界史の構造』をまず読まねばならぬと考えた。
氏は、「マルクスからカントを読み、カントをマルクスから読む」ことを「トランスクリーク」と名付け、そこにヘーゲルを挟むことにより見えてくるものを丹念に追究している。ヘーゲルを挟み、マルクスとカントを考える行為とは、まさに、我々人類が誕生以降の全歴史(政治・経済・宗教その他)を見渡さねばならない仕事である。射程範囲があまりに膨大だ。そこに柄谷氏は「交換様式」という補助線を設け、それを基準にしつつ、様々な過去の文献を的確に引用しながら論を進めていく。交換様式は以下の4次元に説明される。
交換様式A=贈与(贈与と返礼)ーーネーション
交換様式B=略取と再分配(支配と保護)ーー国家
交換様式C=商品交換(貨幣と商品)ーー資本
交換様式D=XーーX
交換様式Dはまだ実現されていない。それを筆者はこう定義する。『それは、交換様式Bがもたらす国家を否定するだけでなく、交換様式Cの中で生じる階級分裂を越え、いわば、交換様式Aを高次元で回復するものである。これは自由で同時に相互的であるような交換様式である。」
狩猟採取していた時代から、物々交換を始め、士族社会ができ、国家が生まれーー世界史ーーをたどりつつ、カント永遠平和への道筋を「諸国家連邦」に見出し、国連の鍛え上げ方について検討する。ところで終わる。最後は、理想主義的でこんなに好戦的で異物を否定する人類がこのような状態にまで上り詰めていけれのか? という疑問がハエのように付き纏い、何かしら心地悪きものを残す。
本書擱筆後、日本においては3,11があり、今年の年頭には能登地震があった。また、ロシアーウクライナ問題、イスラエルーハマスの問題も新たに勃興している。『世界史の構造』の結びに書かれた理想論的終わりでは解決できない時代に、まさに進んでいる。あるいは、コンピュータネットワークの進化も新たな覇権、あるいは貧富を産んでいる。
氏は12年後の『力と交換様式』でどう答えてくれるのか楽しみである。