中島義道『カントの人間学』読了
イマニエル・カントと言えば、言わずと知れた18世紀プロイセンの大哲学者で『純粋理性批判』『実践理性批判』『判断力批判』の三大批判書を発表し、認識論におけるコペルニクス的転回をもたらした人物と知られている。しかし、私を含め多くの人間がその著書名を知りながらも、あまりに難解なためなかなか読み通せていないというのが現状ではないか?
著者、中島義道はカント研究者であり、軽妙かつシニカルな文章が魅力の哲学者である。カントに『人間学』という著書がある(ちなみに岩波文庫にかつてあったが現在は絶版で、Amazonでは古書で9700円の値がついていた)。それの解説書かと思って本書を開いた。でも、どうやら違うらしい。カントが考える人間についての書であり、カントという人間の書でもある。
あとがきにある。「本書はカントを「モラリスト」として読み解く試みであるが」モラリストの概念は幅広く難しい。そこで著者の定義は「モラリストは人間の多様性を信じていると同時に、人間が複雑極まりなく、矛盾だらけであるという(歴史・文化・階級を超えた)普遍性を信じている。」とする。モラリストの要件とは「あくまでも関心の中心は「人間」であり、しかも人間集団ではなく個々の人間である。崇高かつ卑猥で、勇気に満ちかつ臆病で、聡明かつ愚劣で、冷酷かつ情愛ある個々人の姿をそのまま映し出すことが関心の中心である」ということになる。
本書は、我々人間が悩み陥り苦悩する問題(エゴイスト・親切・友情・虚栄心)などについて、カントの箴言やカントの周りにいた人間の言葉を引用しながら、問題を追求しつつカントの人となりを浮かび上がらせる。
カントのイメージは、峻厳・厳格・自己抑制的など厳しいものであるが、筆者は「私は意図的に旧来のカント像の破壊を狙った」のである。人間らしく滑稽で名誉欲に満ちた人間カントを親しみある存在として描く、ある種のカント入門書である。