母直伝の漬物
ここ数日で,白菜と沢庵を漬けた。
88歳の母はこの頃,いよいよボケが激しい。生きているうちに,味を引き継がなければ永遠に失われてしまう,との焦りから,教えを乞い,白菜と沢庵を漬けた。
レシピも何もあったもんじゃない。分量は母の長年の経験から導き出される。男はわからないから,なんグラムのとか,全体のなん%の塩分,などといってもらった方がわかりやすい。でも,料理とはそういうものではないんだろうな。
白菜は8分の1にカットし数時間天日に干す。樽にぎゅうぎゅう押し込めながら,粗塩と柚子と鷹の爪を,テキトーにまぶして,ミルフィーユ状にし,重石を置いて数日おく。水が上がってきたら食べ頃。
沢庵は,2週間ほど干し,大根がUに曲がるようになったら仕込み時。大根を並び,粗塩と米糠と鷹の爪を,テキトーに振り重ねながら繰り返す。最後にパリパリに乾いた葉の部分を乾燥防止に置いて重石をしておしまい。1月〜1月半ほどで食べ始める。こんなに乾燥しているのに水が出てくるのが不思議でならない。
母直伝の味を60過ぎの息子は引き継げるのであろうか?
乞うご期待❗️
島田雅彦『小説作法ABC』読了
ずいぶん長いこと,この本に関わっていたが,ようやく読了。あとがきによると,法政大学での講義をもとに書き直して、2009年に本作を上梓した。当時、筆者47歳。16年前にのことなる。
彼は、大学四年生の時,『優しきサヨクのための嬉遊曲』で華々しくデビューし,その後六回も芥川賞候補に選ばれる才人である。実作者として23年目,油の乗った作家が、後進の指針にと書いた「小説作法」が本書である。ジャンルから構成、人称等の小説書きのイロハから始まり,豊富な文例を挙げつつ,世の中にごまんといる〈作家になりたい人〉に優しくエールを送る。中でも、私の、目を引いたのは,「10 創作意欲が由来するところ」と「11 番外編ー私の経験に即して」である。中年の島田が,老いても執拗に書き続ける古井由吉に、エネルギーの所在を尋ねたところ、老作家は「憎しみだね」と答えたという。負のエネルギー、社会に対して、自己の境遇に対して、個人に対して? いずれにせよ、書き続けるのは「憎しみ」が根底にあるからだという。
閑話休題
島田雅彦は。私と同学年である。誕生日は私よりわずか7日早い、1961年3月13日生まれ。さほど変わらないはずだった。彼は、一浪で、彼は東京外国語大学ロシア語学科、私は明治大学文学部。彼は大学4年で作家デビュー、私は教員採用試験におち、あたふたとしているころ。彼の最初の書籍を手にした際、彼の美しくも端正な近影があり、同級生の女子が「きゃー、素敵!」も萌えの表情、一方、私はうだつの上がらない、つまらない顔。その時点で不愉快であった。しかし、同級生が褒めたのは「作品」ではなく「顔」であったことが、まあ、唯一の救いといえば救いであった。
彼はその後六回芥川賞候補止まりという記録を成し遂げ、文芸協会から、もう候補にはあげないよ、と宣言される。最後の候補を落とされた時、川端に噛み付いた太宰以上に、醜悪な文言を文春に書いた。開高健には「釣りでもしてろ」などと暴言を吐きまくっていた。私は、ザマアミロ!と溜飲を下げるものの、一方で少し同情も。
私は、今までに、彼に三回会っている。
一回目は二十九歳の時。渋谷東急のカルチャーセンターで。文芸評論家「川村湊」が若手の作品五つをあげ読書会を行った時、招聘された島田雅彦は、川村湊がとつとつと話す横で、おしぼりで人形を作り、前の女性を笑わせていた。私は、最初から彼に対し絶大なる嫉妬心を持っていたので、「なんて不誠実な奴だ!」と独り憤っていた。
二回目は、神奈川県の国語部会主催の講演会に呼ばれ、島田が話をした時。
そして、
三回目。私が上越教育大学に内地留学していた際、修論指導者である「小埜裕二」(私より一つ年下)が山中湖にある三島由紀夫文学館主催の講演会に呼ばれた際お供した時。三島由紀夫研究者である「井上隆史」(白百合女子大教授)「佐藤秀明」(椙山女子大教授 当時)らが、司会進行をし、三人の研究者による発表と、作家島田雅彦の講演があった。当時、島田も私も三十九歳。彼は近畿大学でも講義の帰りに山中湖に寄ったと話をしていた。
会が終わり、皆を誘い、近くの居酒屋家で打ち上げを開いた。たまたま席が、私、島田、井上、佐藤の四人となった。話をするうちに全員が神奈川県立高校の出身であることが判明する。島田は「川崎高校」、井上は「光陵高校」、佐藤は「小田原高校」、そして、私は新設校の「旭」。島田は、私の出身校名を聴き、「知らねえな」と一言。私は、殴る!、と思った。宴もお開きとなり、島田が仕切って「三千円通し」などと叫んでいた。奥の席に座る私に対し、島田は、自分のコートを指差し、「おい、にーちゃん、それ、とって」と言った。私は、いつか必ず、2回殴る!と思った。
あれから24年が経つ。今、私は小説を書いている。その動機は「島田雅彦」を「2回殴る」ことにある。
そのためには、彼の目に留まる作品を描かなければならない。
帰還
久しぶりにスカイスパに行った。相変わらず最高の時間を過ごさせてくれる。
で,少し時間があったので,横浜駅西口をフラフラした。すご〜く久しぶりである。極端な話,大学生以来かもしれない。いくら君はお家が大好きセッカチ君なので,ただひたすら通過するのみだった。
横浜駅は,いくら君が子供の時から、50年くらい,あれやこれやとずっと工事をしていた。最近,ようやく,綺麗に落ち着いた。
そこでふらふらと。
東急ホテルの跡もすっかり立派なビルになった。あら,モアーズの横の道,車が通れなくなっている。モアーズってこんなに小さかったかしら?
中に入る。いくら君は大卒直後9ヶ月婚礼衣装のレンタル会社で営業マンとして働いた。で,横浜支店はこのモアーズビルの五階にあった。
中は,当たり前だが,すっかり変わっていて,オシャレなお店が並んでいる。五〜七階はハンズが入っている。東急ハンズではない。ハンズである。時は流れる。時代は変わる。驕れるものは久しからず,春の夜の夢の如し。
みーんな跡形もなく変わっている。
で,ふと思った。いくら君は40年間記憶喪失になっていて,記憶が戻ったら,こんなことになっていた。
あるいは,あちらの世界に拉致されて,ようやく最近帰っていたら,こんなになっていた。
浦島太郎?
あちらとは,社会・仕事・社会人・労働,なんでもいい。
ようやく解放されて,自分が小学生の時に所属していた空間に戻ってきた、という感覚。
横浜の冬は,ピンと張った空気の中,雲ひとつない青空が広がっていました。
ps.モアーズから徒歩10秒にある狸小路は昔のままだった!これはこれで驚く🤯
久しぶりの新規開拓
久しぶりに,初めてのお風呂に行ってきました。
師匠,トーイちゃんのお薦め,「品川サウナ」です。サウナシャラン2024の第10位にランクインされた名サウナです。
大井町駅より徒歩3分。駅近施設でチョー便利です。入店すると,ます向かい入れてくれるのは下駄箱です。このロッカーキー🔑が,2階脱衣場のロッカーキーでもあるし,ポカリやビール🍺も購入でき,最後にお会計の精算にも必要となります。
入室すると,まず,暗い。ムードがあります。ととのいまで,後わずか,という感じ。右にお清め場が6箇所。正面上に17°の水風呂が鎮座し,奥には33°のお湯,左右にサウナが配置されています。右がL字型に三段のサウナ(広め)。左が瞑想サウナ(狭め)。
階段を登ると,熱めのお風呂と,ぬるめの壺湯5。そして各種のととのい椅子多数の配置されています。
1h 980円で延長30分おきに300円の加算というシステムでした。
結論から申しますと,
いい! そうとうレベルが高い!です。
新しいし,よく計算されているし,いい施設でした。空気感で言うと,赤坂の「ザ・サウナ」に近い感じです。
駅そばには,呑助には魅力的な小路が縦横にありますが,そこは夜から。
通りの,大阪王将で昼飲みをし,2時に解散となりました。
たまには新規開拓もしなきゃね。
あー,よかった!
澁谷果歩「AVについて女子が知っておくべきすべてのこと」読了
前回に引き続き、業界研究入門書。
著者の現在の肩書は,「元新聞記者&元AV女優」とある。すでに引退され、現在は執筆やタレント活動をしているという。
都内在住,小学校から12年間女子校生活。高校卒業後は青山学院にすすみ,スポーツ新聞社へ就職。さらに英検一級,TOEIC990点(満点)というのも売りの一つ。
つまり,あたしやーAV女優だったけど,経済的にも知的にも恵まれた存在であって,貧困とか不幸とかとは無縁なんだよー,と,暗に訴えてているようです。
内容ですが,当初は面白おかしく,業界入りの経緯や,撮影現場の裏側など遠書いているのですが,後半は女優の権利や業界の問題点など、シリアスに語ります。
本当に,これからAV II挑戦しようかな?っていうか同性たちに対して,自分を守るための権利問題や,女優たちの意識の問題などとともに,生半可な世界じゃないよ!との警告にもなっています。
やはり,彼女らの大きな問題はやはり,親バレのようです。そこをクリアーできず,うやむやのまま消えていくタレントも多いようです。
また,前回の鈴木涼美さんは恋愛体質でしたが,澁谷さんはどうやら違うようです。
即物的というか,自分の肉体を「モノ」として扱うことができる方のようです。
いろいろ勉強になるし,考えさせられる本でした。
孫
この時期,娘の旦那はとても仕事が忙しいらしい。2歳と10ヶ月になる孫とのワンオペも煮詰まる。
そんな週末はわれわれジジババの出番である。
昨日土曜日の話。朝,娘と孫娘遠アパートまで迎えに行き,ワークマンでお買い物。そのワークマンはほぼほぼ洋品店であった。靴やザックを物色する娘。あれこれ興味を示して,何やらおしゃべりしながら自由な動きをする二歳児。それを追い回すお爺ちゃん👴
鏡に興味を示し,孫娘が自分の姿を写して遊んでいた。そこで私も屈んで彼女と応対をしていると,可愛い笑顔を浮かべる孫の横に,見たこともない柔らかい表情を浮かべている,自分の顔を見た。
なにー?俺ってこんな顔してるの?いつも眉間に皺を寄せ苦虫を潰したような顔なのに。妻と対している時とは,まるで別人やー!
散々遊び,お好み焼きを食べ,昼寝をし,目覚めた彼女たちを送る時刻となる。
認知症がすすみ,声をかけてもろくな対応もせず,いつもつまらなそうな顔をしている米寿の母が,これまた最近見せたことのない笑顔で,全身で「バイバイ👋また,遊びに来てねー」って手を振っている.
彼女はみんなを笑顔にする,とてつもない力を持った存在なのである。
鈴木涼美「身体を売ったらサヨウナラ」読了
現在、概ね二つの問題を,切実な思いで研究している。
一つは,「肥沃な土壌及び土壌微生物について」である。
もう一つは「AV女優及び夜のお姉さんの認識論」である。昨今,お姉さんたちの高学歴化や品質の向上が言われて久しい。彼女たちはようやく自身を語り始めている。AV黎明期よりずいぶんと時間がかかったが,歩は確かである。
私の中での始まりは,紗倉まなの小説が芥川賞候補になったあたりからだろうか。多くの傷やブレを抱え込んだ人生は小説ネタの宝庫であろう。30年以上経ち,ようやく彼女たちAV嬢は自分の言葉で語ることができるようになった。社会の変化が,その世界のいたたまれなさを若干緩和し,哲学する余裕を与えた。だからといって,差別はされるし葛藤を抱えているのは変わらない。では,自ら打って出ればいい。そして,社会は知的ビッチを受け入れ始めた。その類まれなるあり方を歓迎する方向に舵を切ったのである。
そして出会ったのは本書の筆者である,鈴木涼美氏である。慶應卒,東大大学院修了。さらに日経新聞の記者の後作家へ。
最初,「鈴木涼美」が読めなかった。〈スズキ〉はまぁいい。で〈スズミ〉? 意識下でその読みを却下し,闇へ埋没した。だからいつまで経ってもわからない。読めない。ジョーシキという権力が,私の脳を押さえ込み,柔軟性を奪った。つまり,私は,常識とやらに侵された,つまらん奴なのだ。公務員を定年まで勤め上げてしまうような人間だ。常識に縛られて奴隷化していることにも気づかないトンマなのだ。
で,かくして彼女は,まったくペンネームとしては非常識な〈スズキ スズミ〉なのである。
本書には,彼女が大学生時代の生活を中心に編まれたエッセイである。慶應湘南キャンパス時代,彼女は学校生活もそこそこに,夜のお姉さんを稼業としていた。キャバクラで大金を稼ぎ,贅沢な生活をするとともに,言い寄る男たちに身体を売る。貢物をいただく。かと思えば,くだらんホストに入れ上げ,ドンペリを湯水のようにグラスタワーに注ぎ,散財する。寂しくて仕方なくて,でも,自分の価値を高めたくて,不安定の中で模索する青春。
文章はグループしながら勢いよく飛び跳ねるが,散り散りになることなく,落ち着くこともなく、性懲りもない。
父親は法政大学教授。母親は絵本作家。自宅は鎌倉の瀟洒な洋館。
ちなみにあとがきは筆者を7才から知っているという島田雅彦!法政つながりだろう。完璧すぎ。
東大の院生まですにAV女優としても活躍。。ちなみに修論は「AV女優の社会学」!ブレがない。
最近書いた小説「ギフテッド」は,芥川賞候補。
どうなってんの?
ちょっと分けてよ。
虫の祟り?!
右腕の内側が,15cm✖︎8cmくらいの楕円状に,赤く腫れている。熱を持ち,痛痒いような感じである。
昨日,畑から引き上げる際,畑の中にあるポールに掛けてあったフリースを着て車に乗った。走り始めてしばらくし,右腕にチクリと感じた。運転中なのでしっかり確認することもなく,さすりながら帰宅した。
最初は蚊に刺された程度の腫れだったのだが,徐々に大きくなり,朝起きるとこんなになっていた。
犯人を特定できていないのだが,毎日白菜やキャベツに着く芋虫系を捕殺しているため,彼らの祟りなのではないかと,ふと頭をよぎった。
そうならば仕方がない。死ぬことはないだろう。受け入れなければならない。我慢しよう。
初期ボケ?
11/10〜11と,京都ルーマプラザに,師匠トーイちゃんと行ってきました。
昨年のリニューアル後,この,観光地ど真ん中にある温浴施設はさらにパワーアップし,素晴らしい施設となっています。
まず,立地。八坂神社のすぐそば,あるいは先斗町至近距離,といってわかってもらえるかな。まあ,とにかくインバウンドが着物着てゾロゾロ歩いていて前に進みづらいというくらい,観光地アーケードの中にひっそりと屹立しております。
7階建ビル全てが温浴施設とカプセルホテルとなります。よくととのうサウナが三つ(一つは塩)。さらに屋上は京都の街を一望できる,トトノイどころ。夜は満天の星空観察可能(いくら君ご一行様宿泊夜は曇り空で残念😢)。
1100円相当のおばんざい朝食付きで5400円(ウチ200円は京都市宿泊税)。まぁ,あらゆる面で素晴らしい施設で,興味のある方はぜひ!
で,本題はこれからです。
運転を交代しながら,新東名をひたすら走ること4時間半,入京するのですが,当然車中多くの話題で話が弾みます。
が,
今回特に感じたのですが,話したい気持ちが前のめりにもかかわらず,言葉が出てこない‼️或いはキーになる固有名詞が出てこない❗️さらになんだか呂律もおかしいような気がする!
あらら?なんて笑ってましたが,内心は焦りまくり。不安になりました。ボケ?アルツハイマー初期がすでに始まっているのではないか?脳が萎縮している?
そういえば本も読めず,頭に薄い霧がかかっているようでぼんやりしている気もする。
また,
あっ,書こうと思っていたことを忘れた!ていった感じ。
涙
ヤバいなぁ。少し自制し,脳がキリッとなるような生活を心がけなければ,と,改めて思う次第なのでした。
三宅香帆『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』読了
なんとなく、気になる書名でした。まさにそうだなあ、と。でも、ただ疲れているかじゃない? そんなの、わかりきっているじゃない。という声も聞こえる。躊躇していましたが、随分売れているみたいのなので購入し、ページをくりました。すると、この本に対する印象が、いい意味で裏切られることになりました。
筆者の現在の肩書は、文芸評論家とのことですが、筆者が大学卒業後就職し、それなりに楽しく仕事に取り組んでいた際、本を全く読んでいない自分に気づき愕然とした、というところから始まります。
本書は、まず、近代日本人がなぜ書籍を手にとるようになったか、何を得たいがために読書をするのか、から丁寧に紐解きます。まずは「西国立志編」が最初の男性のための自己啓発本であり、大ベストセターになったことを解説します。明治に入り、身分制度が撤廃された。誰しも努力すれば、社会階層を駆け上ることができるの世の中になったわけです。立身出世。これが男性の刷り込まれ内面化された願望であり、そのために自己啓発本が多く読まれるようになる。これが読書習慣の始まりだとします。
さらに大正時代の円本で調度品としても素晴らしい全集がバカ売れする。初の積読です。つまり教養を身につけることがステータスとなる。さらに大正期には『痴人の愛』の譲治のようにサラリーマンという種族が生まれます。労働が辛いサラリーマン像はすでに大正期に生まれていたわけです。サラリーマンが自分の教養を上げるため(それは教養が社会的ステータスの裏付けとしての意味を持っていた時代のことですが、)円本の全集を買い朝たのです。さらに大正時代には、教養主義のアンチテーゼとして大衆小説が生まれてくる。娯楽としての読書の層です。
戦後、同じ会社で学歴のない社員が自分のコンプレクスを埋め合わせるため教養としての読書に精を出す層とともに、エンタメ小説を楽しむことも流行しだす(源氏鶏太・松本清張・司馬遼太郎)。
九十年代に入ると自己啓発本が大流行します(「脳内革命)etc)。 自己啓発本がなぜ売れるのか? それは筆者によればノイズが少ないから、ということになります。自分が知りたい情報がストレートに書かれている、というわけです。つまり教養としての読書から、情報を的確に得るための読書です。さらにインターネットの発達、SNSの進化によって、さらにノイズのない「情報」が求められ、教養としての読書は後退していく。
仕事が終わって疲れ果て、読書をする気は起きない、その代わりになんとなく「あなた」為にカスタマイズされた「あなたが知りたい情報」だけがスマホから流れてきて、それをぼんやり眺めるということになる。
しかし、と、ここから筆者は自己の考えを前面に押し出し始めます。「読書は人生の「ノイズ」なのか?」全身全霊で働き、バーンアウトするような世の中は果たして望ましいものなのか? 確かに思考停止でワーカーホリックになることは実は心地よい。しかし、それではよくないのではないか? 半身で仕事に向き合い、ノイズだらけの読書ができる社会が生きやすい社会と言えるのではないか? さあ、全身全霊にならず、半身で仕事をする社会にしていこうではないか! というのが本書の主旨であります。なかなかいいところをついていて、時代の要請に合致しているなと、思いました。