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畑仕事、キャンピングカーの旅、サウナ、読書…晴耕雨読の日々を綴る【いくら君のこころととのう日記】

       いくら君のこころととのう日記
サウナについて 2024年8月6日

久しぶりの新規開拓

 久しぶりの新規開拓。渋谷駅徒歩5分の「サウナス」に行ってきました。新規開拓は2月の「東京サウナ」以来です。

 今回もサ友「トーイちゃん」の提案により実行されました。

現地集合!場所は渋谷!

 大学生の前半2年間はほぼ毎日通過した駅である。昔は,東横改札を出て,正面の銀座線を横目に井の頭線へ。

 また,見渡せば,あららは道玄坂,あちらは國學院に行く方,そちらは代々木公園に向かう道,などと,一応把握していました。

 で待ち合わせの10分前には東横渋谷駅にいたのですが,なんせ地下5階。外に出ればなんとかなるだろう!の期待虚しく,見たことも聴いたこともないオシャレなビル群に圧倒される。自分が持っていた昔の知識がまったく役に立たない。地図アプリを見ながら20分もかけてようやく到着。ああ,知識の上書きをしていかないと,対応していけなくなる。😭

 外見は,ラブホみたい。ちょっと高級なやつね。

こちらの施設,訪問の際躊躇した点があった。それは湯船がないこと。で,まぁ,話の種に行くことに。

 マンガ「サ道」作者であり,「サウナ大使」でもある,タナカカツキ氏プロデュースという点に期待を持っていました。

で,結論から言うと『サイコー』でした!

ビル一つが全てサウナ施設です。ここには9つのサウナがあるという。サウナ空間は「WOODS」と「LAMPS」,日々男女を交代しているという。我々が昨日入ったところは「WOODS」でした。フィンランドの森をイメージした空間であり,居心地がとてもいい。

 受付を通り,階段を登って2階がサウナ入口となる。ロッカー室は小さい。汗だくのTシャツを脱ぎ捨ていざ入室。

 お清めはシャワーで。目の前に水風呂が鎮座。ここには大きめのメディテーションサウナと横たわるサウナ。階段を上り三階へ行くと,そこはまさにファンランドの森の中。音・光・風にさらにはケロサウナと広めのサウナ。水風呂は深水1.5mの深さ。そこに皆さんが思い思いの格好で休んでいる。

 その自由な感じの理由がしばらくしてから理解される。ととのい椅子が整然と一方向を向いて並んでいる,なんてことはないのだ。皆んな好きなところに好き勝手に座ったり横たわったりしている。

 環境音楽が流れ,抑制された太陽が静かに溢れ,皆思い思いな形で今の時間を堪能している。

素晴らしい。

よくできた施設でした。さすがタナカカツキ総合プロデュース!

また行きたい。次は偶数日に。

読書について 2024年8月1日

斎藤環『生き延びるためのラカン』読了

 先日、久しぶりに「電車に乗って」「都会」へ行った。何となく、TSUTAYAに入りなんとなく本棚を眺めていたら、本作と目があった。手に取り、購入即決した。ラカン? 精神分析? 医者?斉藤? 茂吉とか北杜夫の末裔? 調べても書いていない? どうなんだろう?

 カント『純粋理性批判』に取り組むはずであった。前項で自己を鼓舞すべくそう書いた。でも、あらあらまた脇道に逸れている。まあ、いいか。

 タイトルに「生き延びるための」なんて文言があるし、帯には「ストーカー、リストカット、ひきこもり、PTSD、オタクと腐女子、フェティシズム……「現代の社会は、何だかラカンの言ったことが、それこそ下手な感じで現実になってきている気がしている」。と本書からの抜書きがある。現代日本の若本に特有な現象をラカンの理論を通して解説してくれる本なのかしら。ではまあ、読んでみましょうか? カントに突入する怖さからの一時的逃避所として逃げ込んでみました。

 でも、内容は、まあ、文体はかなりポップに耳障りよく書かれている。でいながら、ベタついた媚びが感じられないのは、著者が真面目な学究の徒であるからなのか? 面白かったです。よくわからない部分はやはりあるけれど(筆者が言うほどわかりやすく書けているとは思えない)、でもフロイトーラカンの流れはわかったような気がする。特に「言葉」ー「欲望」の関係性などは愁眉。しかし、このままでは「シニフィアン」の話はよくわからないのではないかな? なぜ対概念である「シニフィエ」について言及しないの? あまりソシュールに埋没しても、方向をも失うと判断したから? いずれにせよ、人間の「こころ」の不可思議性を理解すること、要するに「よくわからないのである」と言うことはよくわかった。エディプス・去勢などの精神分析の基本ワードの解説は役に立ちました。

さあ、カントに行かなければ。

 

 

読書について 2024年7月26日

斉藤哲也『哲学史入門Ⅲ』読了

 とうとう最終Ⅲ読了。聞き書き哲学史、現代編。

 Ⅲの射程。

1現象学(谷徹)フッサール・ハイデガー・メルロ=ポンティ・サルトル 

2分析哲学(飯田隆)フレーゲ・ラッセル・ウィトゲンシュタイン  

3近代批判と社会哲学(清家竜介)マルクス・ホルクハイマー・ベンヤミン 

4フランス現代思想(宮崎裕助)構造主義ーポスト構造主義 フーコー・ドゥルーズ・デリダ 

終章「修行の場」哲学史(國分功一郎)カント先生の言葉から

 

 こうやって、改めて目次を拾い直してみて感じること。あまり自分の体に入っていない、実になっていない、ということ。フッサールの「現象学還元」とは「意識の外に物が実在しているという思い込みを一旦差し止めて、関心を意識の場面に引き戻すことを言う。意識という場面で起きている現象を、一切の先入観なしに記述分析すること」とある。理屈はわかる。文字の意味はわかる。でも体にストンと落ちた感覚は全くない。今までずっともそうなのだが、情けない話、「現象学」という言葉がどうしても自分の中で落ち着かない。わかった気になれないのだ。勉強不足なのか? センスの問題なのか? いずれにせよ。一時「身体論」が流行し何冊か読んだが、これはしっくりときたのだが。いかんなあ。

 こういった通史の役割は出会いなのだと思う。いくら解説書を読んだとしても、著者のフィルターがかかるため正確ではない。だからといって何の予備知識もなしに原書に取り組むのも難しい。やはりある程度の武器を装備しなければならぬ。その自分が取り組むべき事前準備と装備を手にし、冒険に出発する決意を促すのが、この手の本の役割なのだろう。この手の本を読んでよしとしてはならぬ。というかそれはあまり意味があることとは言えない。ここを手がかりに、どこの山を登るのか? それを決めるのだ。もちろんストックや登山靴、食料は大切だ。場合によれば自身の命を守るためヘルメットやアイゼン・ピッケルも必要になるかもしれない。しかし、いくら富士山はこんな山である!とガイドブックをみても仕方がない。自身の足で登らなくては。行動せよ!「いくら君」! 確かに早くはないが、遅すぎるということもないだろう。

 最終章で國分さんがカント先生を引きながら語る。「修行」であると。そう、知の修行。

 

  カント『純粋理性批判』取り組むことにした。

サウナについて 2024年7月22日

夏旅

さて,今年はどうする?

やはり神戸・大垣・名古屋かな?

サウナについて 2024年7月22日

最近の傾向

なぜだかわからないが,以前は狂ったように何に対しても腹が立った。それはサウナでも同じだった。

若者がグループできてドラクエ状態だ💢

あのオヤジのタオルが少し湯船に入っている💢

アイツは掛け湯せずに湯船につかった💢

ジジイが汗を流さず水風呂に飛び込んだ💢

等々,まったくキリがない。せっかく職場での苛立ちを宥めようとして来ているのに,さらにイライラして狂いそうになる。完全に阿呆である。というより狂っていた。

最近は,入浴の際眼鏡をかけない。脱衣場においておく。するとほぼ視覚情報は入ってこない。また,意識的に見ないよう努力する。苛立ちの原因になる視覚情報を絶てば心が乱されることはない,という理屈である。この作戦はほぼ成功している。

もちろん,この穏やかな年金生活に慣れてきたことが大きい。

 

その他のこと 2024年7月22日

夏時間

 夏の暑さによる,最近の1日のパターンがだいたい決まってきた。

2:00起床-3:00チョコザップ-4:30畑-7:15朝食-9:00読書-12:00昼食-13:00読書-15:00飲み・料理・野菜YouTube鑑賞-18:0夕食-19:00消灯。

これに不定期に妻と買い物,サウナが入ってくる。さらに週末は14:30~15:45にお馬がある。

他人にはクレージーだろうが本人は至って普通。

畑について 2024年7月21日

夏野菜

 前記の通り、二泊三日で旅行に行った。東北は梅雨空だったが、関東は鬼のいぬ間に梅雨明けをしてしまった。帰ってきたら熱暑地獄。20度の世界から35度の世界へ。嗚呼。

 まあ、それはいい。二日間畑へ行かなかった。キュウリの成長が早いのは百も承知で三日前かなり小さなキュウリまで採ってきたつもりだった。しかし、三日ぶりに早朝畑へ行ったら、案の定というかなんというか、キュウリが巨大化して鈴なりに成っている。めでたい事ではある。夏野菜が盛りの時期である。キュウリのナスもミニトマトもピーマンも皆調子いい。最近オクラが順調な様子を見せてきた。夏野菜を作っている限り、この時期の長期旅行は無理だなあ。

 植物の旺盛な成長から生まれる問題は、である。雑草という言い方は人間中心主義というか傲慢な感じがして使いたくはないが、この旺盛な成長を見ていると憎らしくなる。キュウリもすごいが雑草もすごい。全ての雑草を目の敵にしているわけではないが、どんな栽培法をしていたとしても、多かれ少なかれ、草刈りは必要だろう。頑張ろう。

旅について 2024年7月20日

山形県出羽三山➕山寺の旅

 7/17~19の旅程で,研究会の仲間である長谷川氏と共に、出羽三山及び山寺(立石寺)を巡ってきた。今回の旅の障碍(問題点)は天候であった。雨であった。でも、それだけではない。何か、天におちょくられているような感覚を覚える旅であった。

 出羽三山詣では、羽黒山が現世、月山が前世、湯殿山が来世を表するとされ、羽黒山修験道では死と再生の意味を持つという。今から1400年前の推古元年(593)第32代崇峻天皇の第一皇子・蜂子皇子(はちこおおじ)が羽黒山を開いたのが出羽三山の始まりである。まずは初日の宿である宿坊神林勝金に14:30に到着する。小雨模様の為バスで山頂(414m)に登ることにする。時間があるためバス停前の「いでは文化記念館」に立ち寄る。小雨模様である。時間通り(15:12)に到着したバスに乗り込み羽黒山に向かう。およそ10分程度で到着。山頂から随神門まで大小の社がある。まずは手水舎を通り三神合祭殿を参拝す。雨空ではあるが小雨模様の為、数多の末社をたどりながら随神門までの1700mの杉並木を降りることにする。途中国宝の五重塔を大きな目標である。樹齢数百年の杉が天を突くようにすうっと伸びている横の石畳を傘をさして下る。次第に雨が強くなる。そして土砂降りとなり、石畳は川となる。途中の末社で雨宿りをするも衰える様子もなく、雨は容赦がない。傘が役にたたないような豪雨の中、足元に注意しつつ下る。右に五重塔を見えてくる。しかし。半身を足場と布に覆われている。工事中であった。この辺から、今回の旅の模様が暗示されていた。ほうほうの体で宿に戻る。敷地内に末社が二つあるような由緒正しき宿坊である。縁起は書かれていないが数百年の歴史を持つものであろうことは容易に想像される。客は外国人が多い。古来の日本を体験していただければ幸いである。

 翌朝も当然の如く大雨である。しかし天気予報には10時頃から持ち直すと出ている。では参りましょう。7 :00に出発し一時間ほどで月山(1984m)八合目に到着する。外は嵐。まるで台風の中にいるようである。しかし駐車場には何台か車がある。レストハウスや神社に通う人たちのものであろう。まずはレストハウスにて作戦を練る。コーヒーを啜りながらスマホの天気予報をと窓の外の現実を見比べる。両者は手を組み我々の行手を阻もうと努めている。予報は徐々に後ろにずれ、雨が上がるのは12時に後退している。山頂までは弥陀ヶ原を通り2.5〜3時間とある。旅行者である我身は決行か否か迷うのだが、折衷案で「とりあえず弥陀ヶ原を周ってみよう」ということになる。雨具をしっかり身につけ、傘を差し、整備された湿地帯の木道を歩き始める。周回30分程度の高山植物の生える湿地帯である。終わりつつある日光キスゲが首を上下左右に揺らしながら暴風雨の中、我々を迎えてくれる。15分程度で山頂への分岐点に達したが、この小道はすでに川になっている。大量の雨水が全てその小道に集約され一つのうねりになっている。その豪たる流れが我々の無謀なるチャレンジを完全に嘲笑っているのに遅まきながら気づいた。「無理だ! 戻ろう!」しかし、下りの道もすでに奔流と化している。我々は十分に足元を注視ながら水面下15〜20cmに見え隠れする石に足を落とし、滑り転げるのを恐れながらレストハウスに向かう。「いくら君」は登山靴であるが、長谷川氏は白い地下たびである。かなり足元が不安定なはずだ(その日夜氏は脹脛を揉んでいた)。車に撤退し、とにかくずぶ濡れの全ての客いを後部座席に放り投げ着替えをして出発した。大いなる的に道を阻まれ、それどころかあまりに小さく弱い存在を嘲笑われ、逃亡したのであった。いや、考え方を変えよう。これはまた来い!ということなのだ。来年のリベンジを誓い合った二人である。

 一時間ほどで湯殿山神社(1500m)に到着。パンフレットによると「古来、出羽三山の奥宮とされ、修験道の霊地であり、「語るなかれ」「聞くなかれ」と戒められた清浄秘密の世界である。」とある。語るなかれ。聞くなかれ。ひみつの道場。芭蕉も戒めを守り、「奥の細道」で本山についてはほとんど触れていない。あえて、ここに自分の体験を記してみる。本宮に当たるとまず、常駐の神主から「裸足になること」を求められる。500円を払うと紙製の人型とお守りを渡され、清浄の祝詞を読み上げられる。人型に自らの弱点を当てたのち、川に流す。ちなみに「いくら君」は頭と腹と股間に当てた。裸足で赤ちゃけた岩場を登る。そこは湯が沸いており暖かい。お参りをしたのち足湯に入り、現世に戻る。なかなか面白い体験をさせてくれる令嬢であった。こちらの修行僧で苦行ののち即身仏の荒業を行うようだ。

 一時過ぎに湯殿山を出て、「山伏温泉ゆぽか」に向かう。小一時間走る。午前中の荒天は嘘のように過ぎ去り日差しさえ出ている。我々はやはり天におちょくられている。ナビに従い温浴施設に入るも広い駐車場に車はない。そこで私は受付付近に目をむけ叫んだ。「本日休業だって!」嗚呼。どこまで行っても我々は天に見放されている。

 一気に本日のお宿「五色亭」に向かう。3時前に到着。笑うしかないのである。

 

 翌日は、高速を飛ばし、山寺へ。住所も山寺、ポスターも山寺である。芭蕉の「閑かさや岩に染み入る蝉の声」で有名な立石寺。正式名称は宝珠山 立石寺という。でも「山寺」なのだ。土産屋の駐車場に車を停め「根本中堂」から「日枝神社」「念仏堂」などを通り「山門」へ。ここから有料の世界。長い階段である。古の世界を彷彿とさせる奥之院まで800弾の階段を登る。山すべてに多くの子院が並ぶ。最後に大仏殿・奥之院が鎮座する。景色は抜群である。梅雨の終わりの晴れ間の世界。どこまでもさまざまな緑の世界。清々しい。晴々とする。身は清められた。下山し蕎麦をいただき土産を購入し帰路に着く。11時発。横浜に自宅には17時に到着。ありがとうございました。

 

 

読書について 2024年7月17日

斎藤哲也『哲学史入門II』読了

 前回に続き、『哲学史入門Ⅱ』読了。ここで扱うのはデカルトからカント、ヘーゲルまで。

第一章 転換点としての17世紀(上野修)。ここでは現代哲学の萌芽ともいうべき、デカルト・ホッブス・スピノザ・ライプニッツを扱う。

第二章 イギリス経験論(戸田剛文)。ここではロック・バークリー・ヒューム・トマスリード、この辺りを扱う。

第三章 カント哲学(御子柴善之)。カントの独特な用語の説明をしつつ三代批判書を扱う。

第四章 ドイツ観念論とヘーゲル(大河内泰樹)。フィヒテ・シェリングを押さえた上でヘーゲルに取り組む。

特別賞 哲学史は何の役に立つのか と銘打ち、山本貴文・吉川浩満と筆者の鼎談である。

 前回も書いたが、本シリーズは、人文ライターを称する著者(編者)斉藤哲也が、その道のオーソリティーに聞くという「聞き書き」形式を取る。しかし斉藤氏も哲学に対し相当造詣が深く問題意識も高い。よって彼がな発す質問や感想はその道のプロにとっては、現代的意味も刺激もあるものなのであろうが、「いくら君」のような素人には、造詣の深いもの同士が意気投合しているのを目の前で当てつけられ、不明のまま置いてきぼりにされるような感じがする。レベルの高い人が山の八号目を登っている様子を五号目から見ているような、疎外感のようなものとでもいうか。だからというか、第三章カントの項は、多少カントに触れているため、勉強になったし、彼らが言おうとしていることはかなり明瞭な輪郭を持つことができた。しかし、他のところはイマイチの理解に終わった。不完全燃焼感。

 従来の哲学史は、学説を中心に誰がどういうことを考えたのかというかたちで紡がれてきました。でも、新しい学知が生まれるのには、技術や制度が大きく関わっているはずです(267頁)

 そうなのだ。本書は「学説を中心に誰がどういうことを考えたのか」ということを並列させるような「従来の哲学史」ではないのだ。そういった過去の形式を踏襲せず、あるいは脱構築した上で新しい哲学史の意味を炙り出そうというのが意図だ。でも、と、「いくら君」は思う。それぞれの学説なり思想の従来の解釈を知らなければ、哲学者同志の関連性・影響などがわからないではないか? やはり五号目までは車で行けたとしても、そこから延々自分の足で歩かなければ八号目も九号目も況や山頂にはたどり着けないだろう。本書では質問者もすでに八号目にいる。五号目の俺はどうなるのだ? 

 カントの「批判」にしてもヘーゲルの「弁証法」にしても、教科書的な従来の解釈をトップランナーは批判する。しかし、「教科書的な従来の解釈」をよくわかっていなければ、最先端の批判も意味をなさないのではないか。それが、前編通して感じる不満である。

 

読書について 2024年7月12日

斎藤哲也編『哲学史入門I』読了

  結構派手に新聞広告を打っていたので、一応目を通しておこうかと購入した。2024、4月・5月・6月の立て続けのリリースだ。原田真二のデビューみたいである。斉藤哲也編『哲学史入門』Ⅰ読了。本書「あとがき」にもあるが、人文ライターである著者(哲学は素人という体)が、その道何十年の哲学者・哲学研究者にインタビューするという形式である。Ⅰは古代ギリシアからルネサンスまで。Ⅱがデカルトからカント、ヘーゲルまで。Ⅲが現象学・分析哲学から現代思想まで。そのⅠを昨日読み終わったというわけだ。

 本書は、学者の論文ではなく、少し勉強した素人が質問し、それに対し専門家が口語で説明解説するといった形式。これなら難解な哲学もわかりやすく提示できるのではないか、という発想である。なかなか面白いことを考えたなと思ったが、なんてことはない。「あとがき」で著者が種明かしをしているが、「聞き書き哲学史」の構想は、「哲学が噛みつく」「哲学と対決する!」(柏書房)から刺激を得たという。両書はどちらも「フロソフィー・バイツ」という哲学者インタビューのボットキャスト番組を書籍化した物である。(2017年の時点で総ダウンロード数は3400万という人気コンテンツらしい)そういった手本があった上で、令和の哲学通史を作ったといわけだ。

 本書は古代ギリシャ・ローマの哲学を納富信留氏、中世哲学を山内志朗氏、ルネサンス哲学は伊藤博明氏にインタビューしている。内容だが、正直に言って「いくら君」にはあまりピンとこなかった。古代ギリシアはソクラテス・プラトン・アリストテレスというビッグネームがいるので、それなりに今までどこかしらで触れており、予備知識のようなものが多少はあるのだが、ヨーロッパ中世となるとほぼお手上げである。スコラ哲学が教義的で厳格なイメージがあるくらい。ルネサンスはその反動、人間開放!。その程度の理解である。またヨーロッパといってもの様々だし、その時代のブームになった思想は歴史と必ずリンクしているだろうし(高校時代世界史をきちんと勉強しなかった!)、自身の知識の無さから、学者たちの言葉がどうもスムースに頭に入ってこない。また、新しい企画なので、今までとは違った哲学通史の入門書を作ろうという強い思いのため、結果としてある程度通史を理解している人でなければ、学者たちが語る面白さは理解できないのではないか、と感じた。

 またインタビュアー(著者?編者?)の斎藤哲也であるが、哲学の素人ということになっているが、著者紹介を見ると東京大学文学部哲学科卒とある。あまり素人である、とは言えないのでないか、とも思った。

 本書が成功しているのかどうかは判断しかねる。単に「いくら君」の勉強不足だということもありうる。

 しかし、思うのである。古代ギリシア・ローマの哲学が花開いたのは、ざっくり言ってBC600〜BC400頃。この間にビックネームは出揃っている。その後大きな「国家」が形成され、キリスト教が庇護され国教となるなる中世は300〜1200。戦争と神と停滞の季節だった。それを打ち破るルネサンスは1200〜1500。プラトンに帰るのである。どうもあまりに古代ギリシアが輝かしく見えてくる。デモクラシーが自由な発想を生み出し、巨大国家の支配が人々の心から自由を奪うのだな、と。

 まあいいか。次はデカルトからカント・ヘーゲルである。さて、どうなることやら。

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